お酒の歴史と食文化
焼酎
いまやどこの飲食店にもおいてあるこの焼酎に関して、簡単に説明をしていきたいと思います。まず、はじめて焼酎という文字が発見されたといわれるのが、昭和29年鹿児島県とされています。室町時代に書かれたとされる木片にそう記してあったとか。当時の主流は、なんと米だったそうです。
まだ、サツマイモが、日本に伝わっていなかったといわれています。江戸時代になり、ようやくいろんなものが出だしたのだそうです。その理由は、米がとても貴重で、お酒に使う事に関しては、厳しかった為です。その代わりに、いろんな原料で作り出したからだと言われています。
よって、この時期から、芋や麦を使ったものが出てきたみたいです。明治時代に入り、「甲類」や「乙類」と分類されるようになりました。簡単に言えば、乙類はイモ焼酎となるものです。甲類とは、チュウハイなどになるもののことだとされています。そして、酒法上区別するためのものとされています。
では次に、この焼酎が、どのようなルーツでやってきたかを申し上げると、14世紀ごろのシャム王国(今のタイ)と琉球王国(今の沖縄)との間では、貿易が盛んに行われておりその輸入品の中に南蛮酒が含まれていたとされています。そのルーツがタイということもあり、泡盛の原料には、タイ米が使われています。これが、泡盛の原点となります。
やはり、一つのことを進化させるためには、時に他国の文化の知恵を加えないといけないことがわかります。いろんな時代に、今で言う派遣または、輸入をして技術をえて自国発展の為に、専門家たちの日々の研究があってこその結果だとわかります。時に言い伝えとは、堅苦しい面もあれば、非常に大切な面もあることが分かった気がします。